国学院大学法学部横山実ゼミ


パソコン遠隔操作に伴う誤認逮捕事件

少年法の視点からの問題提起 (エピローグ)


横 山 実

(このページは、平成24年11月1日に掲載しました)

その後の新たな情報

 この随筆を10月24日に書き上げた後に、本件について新たな情報が、マスコミで報道された。そこで、その情報に基づいて、エピローグを書いてみたい。

本件事件処理の管轄地

 本件は、横浜市のホームページに、横浜市内の小学校に対する襲撃を予告する書き込みがあったことにより、神奈川県警が捜査して、大学生を威力業務妨害罪の嫌疑で逮捕して、取り調べたものである。そこで、横浜地方検察庁の検察官も、県警からの事件送致を受けて、本人を取り調べた。そして、「捜査を遂げた」として、少年法42条に基づいて、静岡家庭裁判所に送致している。つまり、犯行地を管轄する神奈川県の警察および検察が、捜査を行ってから、本人が住んでいる静岡県の家庭裁判所で、家裁調査官による調査と、審判が行われたのである。

静岡家裁での保護観察処分の取り消し

 誤認事件であることが明らかになって、検察官は、保護観察処分の取り消しの手続きをとり、静岡家庭裁判所は、10月30日に処分取り消しの決定をおこなった。これで、後始末の公的な措置は、終わったことになる。また、弁護士によると「大学生は退学などの処分は受けておらず、現在も在学しているという」(朝日新聞2012年10月31日朝刊)。もしそうであるならば、10月24日書いた随筆のうちで退学に関係する部分は撤回させていただく。

大学生の父親によるコメント

 ところで、10月30日には、大学生の父親がコメントを発表していた。それによると、「息子は否認にもかかわらず、警察・検察から不当な圧力を受け、理不尽な質問で繰り返し問い詰められ続けた」という(朝日新聞2012年10月31日朝刊)。静岡に住む親からの支援を十分に得られず、約20日間(刑事訴訟法の下では、最大限23日間、逮捕および勾留で被疑者の身柄を拘束できる)、連日、朝から晩まで繰り返し問い詰められたことで、大学生がいかに大きな心理的圧迫を受けたかを、捜査機関は理解しているのであろうか(私は、英語の論文で、これをpsychological torture と記述している)。

グアム警察での少年事件の取調べ

1994年の春に、警察本部長であったスガムベルリ氏の計らいで、ゼミ生とともに、グアム警察を見学させていただいた(http://www2.kokugakuin.ac.jp/zyokoym/guam.html)。グアムでは、アメリカ本土と同じく、被疑者の少年に対しては、人権保障の体制をきちんと整えていた。たとえば、グアム警察少年部では、入り口の近くに囲いをした部屋を設けていて、逮捕した少年が親や弁護士を待つ間、そこに留まらせていた。つまり、親や弁護士の立会いがなければ、警察官は被疑者の少年の取調べができないので、少年にそこで待たせているのである。

日本では立会い権が認められていない

 他方、日本では、犯罪捜査規範第207条で「少年の被疑者の呼出し又は取調べを行うに当たっては、当該少年の保護者又はこれに代わるべき者に連絡するものとする」と規定するだけで、取調べの際の親や弁護士による立会いの権利を求めていない。そのために、今回のように、被疑者の少年は、警察の取調官と検察官によって理不尽な質問で繰り返し問い詰められ続けられると、彼らの筋書きによって捏造された罪を、認めざるを得なくなるのである。捜査機関による本件の検証は、このような制度的な欠陥も視野において行われるべきである。

家庭裁判所でも本件の検証が必要である

 ところで、家庭裁判所は、本件の問題点の検証をするつもりがないのであろうか。静岡家裁は、朝日新聞の取材に対し、保護処分を決めた当初の審判について、「少年事件は非公開なので答えられない」と述べたという。少年法22条第2項で規定している審判の非公開は、少年の最善の利益という視点から設けられたものである。それゆえに、静岡家庭裁判所が、この規定を根拠として、大学生の利益に反するような調査および審判を行ったことに関して、回答を拒否するのは問題である。家庭裁判所も、警察および検察と同様に、本件の問題点を検証して、それを公表することが求められる(平成24年11月1日に執筆)。

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